神様はこの人なら乗り越えられるだろう、と思った人間にしか試練をあたえない。 随分昔に誰かがそう言っていたのを急に思い出した。その人はことあるごとにそれを繰り返していた。 これは神様が与えてくださった試練なんだわとか、せっかく期待されているのに乗り越えなくてどうするのとか。
私は神なんてものは存在しないと、その頃はすでに思っていたので、その人の話をまじめには聞かなかった。 適当に相づちを打っているということを知っているのかそうでないのかは分からなかったが、その人は私に熱心に語り続けた。 その人の話はいつも、だから信じていればきっと何でも乗り越えられるわ、ということばで終わった。
その人が病に倒れたのは、そのすぐあとだった。病名は忘れてしまったが、不治の病、というものであったことは覚えている。 医者がカルテを読み上げるのを、その人は泣きもせず静かに聞いていた。
そういえばその医者はひどく冷酷そうな人だったように思う。
その人は入院生活を余儀なくされた。 何ヶ月(何年、かもしれない)分の荷物を持って家を出て行くときも、その人はちっとも悲しそうな顔をしていなかった。 車に乗り込む直前、その人は私の顔をじっと見つめて「これは試練なのよ」と真顔で言った。 だから私はこれを乗り越えて帰ってくるわ、と。

「ばかばかしい」
私はそう吐き捨てた。そんなことまで試練だなんて、どうかしていると、思った。


その人が病院へ行った日の深夜に、私は誰にも言わずに家を出た。 きっとその人は死んでしまうだろう、と思ったからだ。









その人が死んだ、という報せが私のところに来たのは、そうなってしまってから10年近く経ってからだった。
そんなものを信じたあなたがいけなかったのよ。かわいそうに。私はそう言って笑おうとした。 しかし出てくるのは嗚咽ばかりで、そのときやっと自分が泣いていることに気が付いた。


お か あ さ ん 、 私 は 、 私 は 、       。























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